日本製鉄 年次株主総会インフォメーションパック(2025年)
昨年の株主総会では気候変動に関連する3つの株主提案が提出され、ロビー活動に関する提案への賛成票が気候変動にかかるものとしては日本で過去最多となった。それから1年が経ったが、現在までのところ脱炭素化への取り組みにおいて顕著な進展は見られていない。1
本報告書では、2025年の年次株主総会(AGM)を前に、投資家が建設的なエンゲージメントを行うための主要な論点を簡潔にまとめ、以降のセクションで詳細に解説する。
エンゲージメントにおける主要な論点:
- COURSE50に用いられる高炉への水素吹込み技術は、コストや技術面において課題が多く、排出削減効果も限定的であるものの、同社の主要戦略の柱となっている。
- 競合他社は、商用規模での水素直接還元鉄(H2-DRI)やグリーンHBIの輸入の動きを加速しており、日本製鉄の長期的な設備投資計画や将来の市場競争力に懸念が生じている。
- 電炉(EAF)による大規模な生産への移行は日本製鉄を将来のグリーンスチール需要において有利な立場に置くもので、政策的インセンティブを最大限活用しつつ脱炭素目標の達成に向けて継続的に投資しようとしていることは歓迎すべきアクションである。
- 一方、オーストラリアに所在する原料炭鉱への投資は、脱炭素戦略との整合性を欠くもので、長期戦略の一貫性に対する疑問を惹起している。
- 海外の高炉への投資は、世界的な脱炭素の流れに逆行し、同社の国際事業が気候目標と整合していないとの疑念を生じさせるとともに、低炭素鉄鋼市場における競争力の確保を一層困難にする恐れがある。
前回AGM以降の脱炭素化アクションの進展
脱炭素技術の進捗と課題
日本製鉄は、2030年度までに2013年度比で温室効果ガス(GHG)を30%削減し、2050年度のカーボンニュートラル達成を目標としている。同社によると、この目標実現に向けては以下の3つの技術を用いる。2
1.COURSE50:
高炉・転炉法(BF-BOF)において、製鉄所内で発生したコークス炉ガスに含まれる水素を回収しBFに吹き込むことで10%、CCSを活用してさらに20%削減するとしており、2008年から始まった技術開発と小規模試験炉での研究の後、2026年から君津で実機実証を開始、当初の予定通り2030年ごろに実用化するとしている。また、外部から調達した加熱水素を活用することによって水素吹込みによる削減率を30%以上にまで増やすSuperCOURSE50は2040年ごろに本格実装される見込みである。なお、Transition Asiaの分析(近日リリース予定)によると、この手法はH2-DRIに比べてより多くの水素を要するため、水素価格に連動して総コストの変動性も高くなる。また、技術的な課題も依然として残っている。3 4 従来の高炉は水素を使用することを前提として設計されておらず、水素原子が炉構造の材料内部に侵入・蓄積することで、機械的強度が低下し、寿命が短くなる。加えて、耐火レンガのライニングが、構造的な破損リスクが高まる現象である水素脆化の影響を受けやすいという問題もある。日本製鉄は12m3の試験炉で43%の排出量削減を達成したが、実際の高炉は4000m3を超える数百倍のサイズで、規模感に大きな違いがある。さらに、水素は化学反応中の吸熱性が高いため、プロセスに供給できる熱エネルギーが相対的に少なくなり、水素の混焼比を高めると全体のエネルギー需要が増加、必要な高温を維持するためにかえってコークスの使用量が増える可能性もある。また、水素は透過性が高いことからプロセス制御が難しくなり、熱効率も低下する。決定的なのは、水素の吹込みだけではほぼゼロに近い排出削減(ニアゼロ・エミッション)は実現できず、残る排出分については、今後カーボンプライシングが厳格化する中でその処理にかかる経済的負担が増すおそれがあるという点である。
2. H2-DRI
日本製鉄は従来は直接還元に適さない低品位の鉄鉱石を用いたH2-DRIを開発中で、2025年には試験用の小型還元炉(1t/h)を設置して試験を始め、2027年にはこれをスケールアップした実証を検討、2040年ごろまでに実機化技術を確立して実用化する計画である。しかし、他国企業は既に商用プラントでの実績を積み上げてきている。5 6 7 またPOSCOは、2028年の商用化に向けて、比較的安価にグリーン水素が調達できるオーストラリアでH2-DRIを生産し、保管・輸送をしやすいように加工したホットブリケットアイアン(HBI)を輸入するプロジェクトを進めている。8 9こうした動きに比べると、日本製鉄の取り組みは進んでいるとは言い難い。 さらに、国内においてもJFEと神戸製鋼はそれぞれ水素ではなく天然ガスによる直接還元鉄(DRI)ではあるものの、中東からHBIの調達を既に実施中または実施予定であることを踏まえると、この点においては国内の競合他社よりも先を越されている可能性がある。10 11
3.EAF
小型(10t)の試験用電炉(EAF)を2024年に設置完了し、既に試験も開始されている。2030年に向けてはBF-BOFからEAFへの転換が主要な選択肢であると日本製鉄も説明しており、広畑でのEAF増設や八幡におけるBF-BOFからEAFへの転換、さらに周南でもEAFの再稼働をそれぞれ2029年までに行う予定である。12これに向けて、EAFへの転換にかかる設備投資に対する政府補助を目的に、2024年10月にはGX推進法に基づく「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業(事業Ⅰ(鉄鋼))」に応募し、2025年5月に採択された。これを受けて同社は上述3プロジェクトへの投資を最終決定した旨公表している。13これによって、総額8,687億円に上る投資額のうち、政府が最大2,514億円を支援することになった。ただ、同様に政府支援が決定したJFEと比べると、JFEがBF7基のうち1基をEAFへ転換するのに対して、日本製鉄の場合は10基のうち1基であり、この電炉転換においては一層の前進が求められる。
また、戦略分野国内生産促進税制では、生産プロセスをBF-BOFからEAFに転換し、かつそのEAFで生産される鋼材がBF-BOF鋼材に比肩する品質を有する場合に、10年間の税額控除が認められる。14JFEが新設し2028年度に稼働を開始する予定のEAFとその製品もこの制度の対象となり支援を受けることになる可能性に鑑みると、日本製鉄もEAFのさらなる活用を通じ脱炭素化の促進を図っていくことが望まれる。15
原料への投資:脱炭素目標の達成が複雑に?
日本製鉄は2024年8月に原料炭の安定調達を図るとしてオーストラリアのBlackwater炭鉱への出資を発表した。16その後2024年12月には高品位鉄鉱石の権益確保を目指してカナダのKami鉄鉱石鉱山への出資も発表している。17 Kami鉱山が産出するのはDRIに適した高品位の鉄鉱石とされており、BF-BOFからの転換を推し進めることにつながりうる。一方、Blackwater炭鉱への投資はコスト低減と高品質コークス製造のためとされており、BF-BOFによる鉄鋼生産を今後も長期にわたり継続する意向であることを示唆するものである。付け加えると、Transition Asiaの分析ではこの投資額 米ドル1あたりの年間排出原単位は、2023年度末時点で同社にかかる株式投資 1米ドルあたりの年間排出原単位に比して2倍以上に上ると算出された。1原料炭への投資は炭素集約的な生産プロセスからの脱却とは本質的には相反するものであり、日本製鉄が、自身が示した目標に向かって脱炭素化を進めて行くにあたって、具体的にどのようにしてその整合性を図っていくのかが必ずしも明確になっていないことを示している。
海外事業における高炉への投資
2025年3月、ArcelorMittal Nippon Steel India Private Limited(AM/NS India)はインド南部アンドラプラデシュ州で年間粗鋼生産能力700万トン規模の鉄源一貫製鉄所建設用地を取得することを決定した。18これは現時点で既にその生産能力を年産900万トンから年産1,500万トンに増強することが決定しているハジラのプロジェクトとは別のもので、同地の事業はこのハジラプロジェクトに加えてさらに強化されることになる。19また、U.S.Steelの買収提案に関しては、2024年8月にBFの改修を約束しただけでなく、2025年5月には新たな製鉄所として40億ドルの投資をすることも含めて投資額を合計140億ドルにまで引き上げるとの報道もなされた。20 21日本国内ではBFの数は減少傾向にあり、同社の排出量の削減に貢献しているが、海外事業においては同様の傾向は見られず、BF-BOFからEAFへの移行という国際的な流れに逆行するだけでなく、同社の海外事業における削減目標の達成をも一層困難にする要因にもなり得る。
昨年のAGMで行われた株主提案に関する進捗
昨年のAGMでは、日本製鉄に対してその脱炭素戦略を見直し株主の長期的利益を守るよう、3つの株主提案が提出され、すべて否決はされたものの、それぞれ21〜27.5%の賛成を受けた。22各提案に対しては、日本製鉄が対応した点も見られるが、その後の進展が明らかになっていないものもある。
GHG削減目標と脱炭素投資の開示(株主提案の議案1):
スコープ1〜3のそれぞれにおいてパリ協定の目標に沿ったGHG排出削減目標を短期・中期的に設定し、開示するとともに、脱炭素投資に向けた設備投資計画の開示が求められた。これに対して日本製鉄は、本体だけでなくグループ各社についても連結ベースの2030年・2040年・2050年のスコープ1〜2の削減目標を明らかにした。2 23 また、スコープ3に関してもスコープ3の中で排出量の多いカテゴリー1と4について一次データの開示を検討しており、削減目標の設定も考えていくとしている。さらに、前述した脱炭素化のための3技術にかかる大まかな1基当たりの投資規模やスケジュールも公表したが、その詳細まではまだ明らかになっていない。
役員報酬とGHG削減目標の連動(株主提案の議案2):
この提案は2番目に高い賛成率(22.5%)を得たものの、具体的な進展は現時点では見られない。
気候変動に関連するロビー活動の情報開示の改善(株主提案の議案3):
GX政策やエネルギー政策に関連して政府の審議会などを通じた働きかけの内容と、それがどのように政策等に反映されたのかを明らかにした。2また、自社のマスバランス方式に基づいたいわゆる低炭素鋼材がISOやGHGプロトコルなどにおいても認められるように働きかけを行っている、またはその準備中であることも公にしている。
脱炭素化のために求められる今後の取り組み
海外事業も含めてScope 1のさらなる削減を
日本製鉄は現在、国内の鉄鋼企業の中では最多となる10基のBFを有しており、同社のScope1の排出量に大きな影響を及ぼしている。ただ、EAFへの転換などを通じBFの数を減らすことによって、同社の脱炭素化目標をより確実なものにすることは可能である。さらに、グリーン水素を用いて製造されたHBIをEAFに投入することで、DRIによる高級鋼の生産も計画より早めることが期待できる。
また、海外事業においてBFの稼働を維持・促進している点は、同社のグループ全体としての脱炭素化を妨げうるため、海外事業でも同様の対応が求められる。
再エネへの積極的な調達を
日本製鉄は、短期的にはBF-BOFからEAFへの転換が脱炭素化の主な選択肢であるとし、政府の審議会ではグリーン水素・グリーン電力の安価で安定的な供給の必要性を主張している一方、再エネの具体的な調達方針などは明らかにしていない。Transition Asiaの分析では系統電力を用いて生産したEAF鋼材1tあたりの排出原単位は0.33tCO2であるのに対して、再エネ100%の場合にはその値が0.1~0.05tCO2にまで下がることが示されている。24このように、EAFの転換による脱炭素効果を最大限発揮するためには再エネの活用が不可欠であることを踏まえると、原料への投資と同様に、PPAなどによる再エネ電源への投資も必要となっていくだろう。
国際的に認められるグリーンスチールの生産・販売を
現在、日本製鉄はNSCarbolex Neutralというマスバランス方式によるいわゆる低炭素鋼材を生産・販売し、政府からは「GX推進のためのグリーン鉄」として需要拡大に向けた様々な支援の対象となっている。しかし、同社が採用するマスバランス方式はグリーンウォッシュに当たるといった批判がなされているだけでなく、国の審議会においてもEU CBAMなどに対しては現状は適合できないと認識されており、国際的に「グリーンな」鋼材として認められるかどうかはまだ判断できない。25さらに、一部のEU加盟国ではEU CBAMや関連法令の規制の対象に鉄鋼を使用した最終製品も含めるよう求める動きも出ていることが報じられている。26実際、一定水準を超える量もしくは率の鉄鋼を使用している製品を対象に新たな規制を導入する旨を欧州委員会が公表しており、仮にこれが現実化した場合、同社の鉄鋼を用いた自動車などにも影響が及ぶ恐れがあり、マスバランス式で生産された製品については、長期的なフィージビリティと規制リスクの懸念が高まっていると言わざるを得ない。したがって、まずはスクラップやDRI、HBIを用いたEAF鋼材の生産・販売を積極的に行い、国際的にも認められる、議論の余地のないグリーンスチールを世界に率先して普及させていくことが求められる。
文末脚注
- https://transitionasia.wild-webdev.com/2024-integrated-report-updates-nippon-steel/
- https://www.nipponsteel.com/en/ir/library/pdf/20250313_100.pdf
- https://www.ramboll.com/en-us/insights/decarbonise-for-net-zero/exploring-hydrogen-s-potential-to-decarbonise-steel-from-blast-furnaces
- https://link.springer.com/article/10.1007/s11663-023-02822-4#Sec14
- ただし、例えば既にH2-DRIを用いた鉄鋼製品の市場供給を始めているStegraとHYBRITは、高品位鉄鉱石からH2-DRIを生産している。
- https://stegra.com/news-and-stories/h2-green-steel-has-pre-sold-over-15-million-tonnes-of-green-steel-to-customers
- https://www.bbac.com.cn/EN/NewsEN/CNewsEN/3099.html
- https://www.prnewswire.com/apac/news-releases/posco-holdings-takes-first-step-in-developing-40-000-tons-of-green-hydrogen-production-in-western-australia-301959009.html
- https://sustainability.posco.co.kr/S91/S91F10/eng/UI-PK_W009.do
- https://www.kobelco.co.jp/english/releases/1211747_15581.html
- https://www.itochu.co.jp/en/news/press/2022/220901.html
- https://www.nipponsteel.com/en/ir/library/pdf/20250509_300.pdf
- https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20250530_200.pdf
- https://www.meti.go.jp/policy/economy/kyosoryoku_kyoka/250090.pdf
- https://www.meti.go.jp/policy/economy/kyosoryoku_kyoka/250090.pdf
- https://www.nipponsteel.com/en/news/20240822_100.html
- https://www.nipponsteel.com/en/news/20241219_100.html
- https://www.nipponsteel.com/en/news/20250328_100.html
- https://www.nipponsteel.com/en/news/20220928_200.html
- https://www.nipponsteel.com/en/news/20240829_100.html
- https://www.reuters.com/business/nippon-steel-invest-14-billion-us-steel-including-4-billion-new-mill-document-2025-05-19/
- https://corporateactionjapan.org/news/notice/ja-nsc-agm2024-voting-results/
- 日本製鉄グループのそれぞれのCO2削減目標は以下のとおりである。日本製鉄・国内子会社:2030年までに30%削減(2013年比)し、2050年までにカーボンニュートラル達成OVAKO:2030年までに80%削減(2015年比)し、2040年までに90%削減SSMI:2030年までに40%削減(2016年比)し、2050年までにカーボンニュートラル達成AM/NS INDIA:2030年までに排出原単位を20%削減(2021年比)USIMINAS:2030年までに排出原単位を15%削減(2019年比)
- https://transitionasia.wild-webdev.com/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e9%9b%bb%e7%82%89%e8%a3%bd%e9%89%84-%e4%bd%8e%e7%82%ad%e7%b4%a0%e6%88%90%e9%95%b7%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%ba%96%e5%82%99%e6%95%b4%e3%81%86/?lang=ja
- https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gx_carbon_footprint/pdf/001_04_00.pdf
- https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-03-27/italy-and-france-call-for-changes-to-europe-s-carbon-border-levy
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